学園祭やラノベの主人公について考えてみる
昨日だか今日だか、Twitterで、
「ラノベでは学園祭をさも楽しいイベントのように描いてるけど、ラノベ作家なんてどうせ実際の高校時代は、学祭サボって秋葉原とかに遊びにいってたくせに」
みたいな内容のツイートを見かけました。結構な数、RTされてましたね。
もちろん、冗談半分で書いてるつもりのツイートで、実際にそういう人が多いとかラノベ作家を揶揄する意図のツイートだとは思いたくないですが。
このツイートの真意がどうかはともかく。
私自身、このツイートとは全く別の切り口で、ライトノベルの学園祭やらその他いろいろなシーンで見られる主人公の『とある傾向』に、しばしば首を傾げることがあるので、そういう引っかかりについて、今日は書いてみようと思います。
なお、以下の内容は、全てのライトノベルに当てはまる話ではありません。ただ、そういうのが多いなと、あくまで私個人が感じるだけです。
なんでそんなに無気力主人公ばかりなの?
私が多いなと感じるのに、以下のような主人公のタイプがあります。
・無気力。基本的に何かをやりたがらない。面倒を避けたがる
・勉強とか、努力が嫌い(なのに成績は良かったり、運動神経は良かったりする)
こういう主人公だと、学園祭などのイベントでは何もやりたがらず、でもヒロインに振り回されて巻き込まれて流されて、しぶしぶイベントに参加する、手伝う、そして楽しさに気づく……という展開が非常に多い気がします。
その展開自体を否定はしません。私もかわいい女の子に引っ張り回されて無茶苦茶されて、気づいたら楽しかった……なんて体験をしてみたいです。
でも、そういうことってなかなかないと思います。
なかなかないこと、現実にありえない(ような楽しい、嬉しい)ことを描く(べきな)のがフィクション、という言説をよくみますが。
私はフィクションを書く・読む動機について、ちょっと違う考え方を持っています。
私は、『現実に絶対ありえないような話』よりも、『頑張ったら自分でもできそうだと思えそうな話』を書きたいと、いつも考えています。
理由は、私の書く物語を読んで、「こういう考え方もあるのか。よっしゃ、人生もうちょっと頑張ってみようかな。そしたらかわいい彼女できるかな。仕事うまくいくかな」と、読者の日々が少しでもポジティブになったらいいなと思っているからです。
クサいこと言ってますが、大まじめに、私はそういうことを考えながら小説を書いています。
だったら。
滅多にいないだろう、主人公(=私)のことを好いてくれて、面白いことに巻き込んで振り回してくれるヒロインが現れるお話よりも。
主人公が頑張って、周囲を巻き込んで、楽しいことをやろうとする話、ヒロインを惹き込んでいく話を書いてみたいって思うんです。
私は高校生の頃、『物理部』という部活に所属して、プログラミングをやってゲームを作ってました。男しかいない部活でした。
でも学祭では、必死になってプログラミングを勉強して、自作ゲームを発表したりして、たくさんの人にプレイしてもらってました。また、コンピュータ占いをやって、訪れてくれた人に占い結果を出力してあげるサービスも毎年やってました。好きな子にゲームをプレイしてもらえたらなー、占いで一喜一憂してもらえたらなー、なんて思いつつ、一日中部室で動き回ってたものでした。
(※私が男子校出身云々の話について、ややこしいんですが、中高一貫で中学が男子校、高校から共学になるけど女子がほとんど入ってこなくて高校でも半分以上の人が「男子クラス」で過ごすという、変な学校でした)
無気力主人公じゃなくて、振り回す系の主人公の話も面白いと思うんだけどなあ。
というか、その方が、読んだ後に「ちっと頑張ってみっか」って思えると思うんだけどなあ。
昨今のラノベって、「あー、ヒロインかわいかったぁ。現実にこんな女の子いないし、三次元はクソ」みたいな感想を持たせて、読者を現実からどんどん遠ざけるような作品が少なくないと思うんですけど、私だけでしょうか。 ものすごく辛いことがあったときにそういう精神逃避できる作品は、とてもいい薬になります。でも、そういう薬ばかり飲んでると、本当に現実で頑張れなくなる気がしちゃいます。
まあでも、読者が望んでる薬を処方するのが仕事なのかなあ。
いろいろ考えちゃいます。
ラノベ作家さんや、編集者さんが、実際にどういう学生だったのか、どういう学祭を過ごしたのかはわかりません。
読書量の少ない私の偏見で、世の中のラノベはもっと違うタイプの主人公がいっぱいいるかも知れない。
でも今のところ、上記のようなことをモヤモヤ考える日々なのです。
皆さん、読書では現実逃避全開に楽しんで、現実は頭を切り換えて楽しめるものなんでしょうか?
私は、「この主人公のセリフ、現実であの子への告白に使えそうだな」くらいに思える作品を読んでるときの方が、よりワクワクします。そして現実でも頑張れます。(そして実際に告ったり行動したりして爆死した経験数知れず、ですが)
私のフィクションへの考え方が間違ってるから、私は商業作家になれてないのかなあ。
皆さん、どんなもんなんでしょう。
※当記事を書いて約半日後、2015/10/6の昼間に追記。
・「無気力主人公が昨今の流行ではない」とのご指摘を頂きました。確かにそうですね。最近は熱血系や行動力がある主人公も少なくないです。
・ただ、私の論旨は本記事の終盤にある内容で、言い直してみると、"「現実で頑張ろう」って読者が思える筋の作品が少ない。「現実はクソ」って思わせるような、現実からかけ離れたユートピアを見せる麻薬のような作品ばかりだなあ、と感じる。そういう甘い物ばかりじゃなくて野菜のようなラノベもあっていいんじゃないか"となります。
・でも、そもそも「ラノベ」というジャンルに今読者が求めているものがお菓子であって、野菜を食べたい人作りたい人は「ラノベ」以外のジャンルを読めばいい書けばいい、と考えてしまえば筋が通る話でもあります。
・だから私は昨今、セルフパブリッシングに傾倒してるんだなあ、と改めて考えるなど。
・ちなみに、「異世界(転生)もの」「舞台がゲームもの」全てがお菓子というつもりもまた、全くありません。舞台や設定が異世界(転生)だろうと、主人公がチート能力の持ち主だろうと無気力だろうと、「この主人公みたいに現実で頑張ろう」って読者が思いたくなるようなお話の筋なら、私は『野菜』にあたると思います。例えばソード・アート・オンラインのマザーズロザリオ編なんかは、現実の日々に持ってこれる考え方が散りばめられていたと思います。
写真はなんとなく、大学の学祭合わせで作ってた立て看板。
合気道部でした。演武会告知の立て看板。
案外懐かしい写真がいっぱいあって、ちょっとうるうるした深夜。