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ポジティブ物書きの雑記帳

物書き、弥生肇のブログ

少し昔の、営業の日々 その1「価格」とか、めんどくさい自分の話

今日のブログは、前職についてちょろっとだけ触れてみようと思います。
かつての仕事の中で、常に最大の悩みの種だったもの――それは「価格」決めです。

私の前職。会社名は伏せますが、以下のようなことをやってました。

半導体製造装置の技術営業。英語でいうとSales Engineer。
・扱う製品は、おおよそ1~2億円/台。
・欧米の、とある顧客担当。

・特に、開発案件担当でした。既に仕上がった製品を売るのではなく、顧客がどういう次世代製品を開発したいのかをヒヤリングし、それを実現するための装置を、顧客及び自社の技術部門と連携しながら、数年の歳月と莫大なお金をかけて現実のものにする。

・上記のようなことを実行するために、様々な場面で起こる利害衝突のクッション役を悉く引き受ける立場にありました。

①顧客 vs 自社
②自社の、米国現地販社 vs 日本国内本体
③自社の、経営層 vs 実務層
④自社の、技術部門 vs 非技術部門
⑤自社の、物資調達部門 vs 設計・製造部門
⑥自社の、製造部門 vs 設計部門
⑦自社と、輸送会社(日通、近鉄FedexUPS、その他)
⑧法務部門、経理部門、知的財産部門、etc

他にもいろんな利害衝突の調整をしつつ、案件を実現へ向かわせる。
他の会社はどうか知りませんが、私のいた会社のとある部門の「営業」は、ディレクター的な役割だったと思います。
もうそれはそれは、毎日誰かと誰かの板挟みになり、なぜか「営業なんとかしろよ」「営業がしっかりしないから」「仕事が遅い」と言われながらやってました。


これらのほとんどのシーンで、衝突の原因となるのはお金、価格です。あるいは、人的作業時間や納期(時間的な価値)も含めたコストです。
逆に言えば、コストに関して両者に不満がなければ、わりかしすんなり行く。

価格やコストについての考察をなーなーにして突き進むと、後で大抵、大問題になります。「何千工数も掛かる開発装置をなんでこんなに安く見積もったんだ」とか、だからと多めに見積もれば顧客からは「こんなに高くなるはずがない。具体的な価格決め根拠の内訳を出せ」と要求される。

7年ほどそういう仕事をしていたので、いろいろな失敗もありました。
顧客のほんの一言をこちらサイドが重要視してなかったせいで、あとでそれを論拠に押し切られ、数千万円分の仕様搭載を強行することになったり。
装置1台の価格は1億円ですが、頑張って1億500万円にすれば、たった5%の値上げですが、それが100台売れれば5億円の差になります。そこを頑張れることもあれば、逆に顧客の値下げ要求に押し切られることもある。
競合他社が、ほぼ同等の装置をウチより遙かに安い価格で(赤字上等で)アピールしてきて、シェアを奪い取りに掛かってくる。するとウチも、シェアを守るために赤字での契約締結に踏み切ったり。赤字ででもシェアを守れれば、例えばそれから5年間の間に装置を低コスト化できればトータルで黒字にできるけれども、シェアを奪われるとビジネスが一気に縮小する、業界でのウチの影響力が弱まる、など。

そして、しばしばどうにもならなくなったときには、「顧客第一」で動くことが多かった。欧米相手の商売だと、日本国内みたいに「お客様は神様」という気風はありません。割と対等に交渉するし、殴り合いの議論もやります。それでも、競合他社がいて、顧客がウチを選ぶか他社を選ぶか、の状況がある場合、上記のように赤字覚悟でビジネスを獲りにいくことが多かった(将来性があまりないと判断して蹴ったビジネスもいくつもありました)。

なんつーか、いつも気が抜けませんでした。
英語での電話会議では、「また弥生さん(本名)がキレてるよ」なんて言われてることもありました笑。キレちゃいない(たまにマジギレしてました)んですが、演技ででも極端な言い方をしないと相手が妥協に応じてくれないということがよくありました。
でも、マジギレ級の口論をし合った欧米人ほど、アフター5では仲良くお酒を飲んでた気がします。本気で剣を交わした武士じゃないですが。


今日、なにが書きたかったのかよくわからなくなってきましたが。

そんな日々を過ごしてたので、今でもなにか似たようなこと(お金が絡むこと)をする場合、どうしても同じような思考回路を持っちゃいます。
利害関係者全員がどう考えるか気になるし、様々なケーススタディをしたくなるし、しばしば、顧客第一陥っちゃったりします。
何が正しいかは、ケースバイケースでしょう。
とにかくも、私がなんかめんどくさいことを言い始めたら、気にせず全力で殴りに来て下さい。それでこそ、最終的に生産的な結論に辿り着くことも多いはず。ガチの決裂になることもありますけど。

 

私は物書きになりたくて、そちらに思うように軸足を移せずに前職を辞めてしまいましたが、前職からはたくさんのことを学びましたし、とてもやりがいがありました。
今でもしょっちゅう、前職の頃の夢や、復帰する夢を見たりします。笑
でも、たぶん戻ることはありませんが。
辞めるときにとある方に、「これだけのことをしていたのに辞めるんだから、辞めたあとの場所でも、それだけのことを成して欲しい。簡単に諦めるべきじゃない」と言われました。とても大切な言葉として受け取っています。


たまーにこんな風に、なにかが噴出するみたいに、前職のことをブログに書くかも知れません。

一緒に仕事してた皆さん、元気かのう。同じ会社だった人たちは何かの折りにFacebookとかで目につくんですが、顧客まではなかなか。

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